ケイト・ブッシュの世界的ヒット曲がNetflix『ストレンジャー・シングス』から生まれた背景。データから見える「音楽シンクロナイゼーション」の魅力

この記事では、Netflixが配信するヒットドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4において起用された、イギリス人アーティストのケイト・ブッシュが1985年にリリースしたシングル「Running Up That Hill (A Deal With God)」が、ドラマ配信からわずか1週間で世界的ヒット曲にまで成長した背景を、音楽ストリーミングやSNSなど様々なプラットフォームからのデータを元に分析しながら、Netflixの作品に起用される楽曲ヒットのトレンドや、Netflixの音楽シンクロナイゼーションの影響を解説します。

ケイト・ブッシュの世界的ヒット曲がNetflix『ストレンジャー・シングス』から生まれた背景。データから見える「音楽シンクロナイゼーション」の魅力
Jay Kogami
Jay Kogami
June 16, 20226 min read
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元記事は、Chartmetric 音楽データインサイト・マネージャーのジェイソン・ジョベン(Jason Joven)が執筆。翻訳・編集を担当したジェイ・コウガミは、Chartmetric日本ビジネスサポートを提供しています。


もし読者の皆さんが1970年代、1980年代のイギリス音楽、とりわけアヴァンギャルド・ポップスに没頭した音楽ファンか、Netflixのグローバルヒット『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のシーズン4をビンジウォッチする程の熱狂的な海外ドラマ・ファンのいずれかなら、ケイト・ブッシュの「Running Up That Hill (A Deal With God)」は何度も耳にしているはずです。

1985年にリリースされて当時ヒットとなった同曲は、ドラマの重要なシーンで起用される楽曲として欠かせない存在となりました。同時にこの楽曲は、Netflixのドラマや映画で音楽を起用する「音楽シンクロナイゼーション」が、視聴者を作品に引き込み、ストーリー性を増幅させ、さらには音楽ストリーミングでのヒットへ繋げる影響力があることを改めて証明しています。

Netflixが制作するドラマのサウンドトラックと公式プレイリストは、ドラマのブランドを広げる役目を果たしていますが、それだけではヒットには繋がりません。ここからはNetflixの音楽シンクロナイゼーションが、アーティスト自身に対してどのような影響を与えるか、Chartmetricのダッシュボードで集計したデータから分析してみます。

5月27日に公開が始まったシーズン4に伴い、「Running Up That Hill (A Deal With God)」のドラマ公開後の実績を見ていきます。

*データ分析の数値は、ドラマ配信後、1週間未満の数値が主です。現在まででさらに伸びている可能性があり、最新の数値を知りたい場合は、Chartmetricまでお問い合わせ下さい。

ドラマ開始から1週間を経たず、同曲は複数のプラットフォームで反応が増えていることが特徴として挙げられます。デイリー集計で、Shazamは400倍、SoundCloudは220倍、YouTube再生は80倍、SpotifyのPopularity Indexは71と、楽曲に対して再生や検索が同時多発的に急増したことが分かります。

TikTokのUGC動画では、同曲を使った動画投稿数はデイリーで54,600動画と、前週から4000%近くUGC動画投稿が激増しています。

同曲は、複数のSNSアプリや音楽サービスを横断して同時に消費される「クロス・プラットフォームでの成功」を実現しています。その証拠に、同曲は現在、SpotifyやApple Musicのグローバルチャートや国別チャートでも上位にランクインしているように、プラットフォームからプラットフォームへと、国を問わず世界的に楽曲に対する反応や消費が波及することが特徴です。

現代の音楽市場において、クロス・プラットフォームで成功する楽曲は、価値ある成功の指標とChartmetricでは位置付けています。

通常、レーベルやアーティストが展開を考える場合、Spotifyプレイリストへ遷移させるInstagramキャンペーンなど複数のプラットフォームを横断するリリース・キャンペーンを実施しています。これらのキャンペーンではアーティストが普段多用するプラットフォームでの展開に偏りがちです。

一方、Netflixで重要な作品や、戦略的に取り組む作品の場合、世界規模でユーザー行動を喚起させるグローバル・キャンペーンを展開します。そのため、あらゆるサードパーティーのプラットフォームのユーザーから多発的に反応が生まれ、再生や検索、UGC動画投稿が増幅することが特徴の一つです。

Netflixの音楽シンクロナイゼーションからの世界的成功

2020年にも、Netflixの音楽シンクロナイゼーションから生まれたグローバルヒットの事例があります。アメリカ人シンガーソングライターのAsheは、2020年2月にNetflixで配信されたロマンスコメディ映画『好きだった君へ: P.S.まだ大好きです』(原題:To All the Boys: P.S. I Still Love You)の重要な場面で、2019年2月にリリースしたバラード曲「Moral of the Story」が起用されたことで、楽曲が世界的ヒットとなり、アーティストとして大きな成長に繋がりました。

全てのアーティストが目指すゴールは千差万別です。Asheは楽曲がNetflixに起用されると同時に大きな飛躍を遂げましたが、SpotifyやInstagramなど複数のプラットフォームで、ドラマ以前の数値に戻る事なく高い数値を維持していることが分かります。

アーティスト本人とチームが今後どこを目指すのか、次の戦略も気になりますが、Netflixの音楽シンクロナイゼーションは、彼女のチームが用意できない規模のスポットライトで彼女を照らし、次のステージへステップアップさせたことに疑いの余地がありません。

新世代とアーティストを繋ぐ音楽シンクロナイゼーション

『ストレンジャー・シングス 未知の世界』が起用したケイト・ブッシュの「Running Up That Hill (A Deal With God)」のデータからも、Asheの事例に倣い、あらゆるプラットフォームで連鎖的に反応が生まれています。

ケイト・ブッシュのSpotify月間リスナー数は、Netflixの配信前までは減少傾向にあったものの、配信からわずか1日後に120万リスナー以上を獲得しています。YouTubeのデイリー再生数は配信直後に130,000〜140,000の速度で急増が始まりました。

TikTokではドラマの情緒的ナラティブを広げる楽曲に感化され、同様の感情を表現しようとする視聴者やファンによる動画投稿が始まり、配信直後だけで225,000回以上UGC動画が投稿されました。

一つ、特徴があるとすれば、ケイト・ブッシュのInstagramフォロワー数は、5月30日の3600人増を記録した時がピークで、以降はデイリーの増加が減少していることが分かります。彼女のコアなファンベースがInstagramのメインユーザーよりも年齢が上であること、ケイト・ブッシュが最近新曲をリリースしていないこと、などがアクティブなフォロワー獲得に繋がっていない要因かもしれません。

Instagramのフォロワーのデータから、ドラマとアーティストの親和性を示唆するデータが見えてきます。Chartmetricを使って、Instagramの『好きだった君へ: P.S.まだ大好きです』ドラマ公式アカウントと、Asheのアカウントのオーディエンスを比較してみると、双方のフォロワーの多くは13-34歳の女性が占めていることが分かります。このことから、ドラマとAsheでは共通のオーディエンスが多く、デモグラフィックの親和性が高いことを示しており、楽曲のドラマ起用がヒットに繋がった要因を示唆しています。

『好きだった君へ: P.S.まだ大好きです』公式Instagramアカウントのフォロワー・デモグラフィック・データ
AsheのInstagramフォロワー・デモグラフィック・データ

ケイト・ブッシュのInstagramアカウントは、フォロワーの大半は男性で、年齢幅も25歳〜64歳と男性が多く占めています。一方、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』公式アカウントのフォロワーは、『好きだった君へ: P.S.まだ大好きです』やAsheに近いオーディエンスであることが見えて来ました。そのため、ケイト・ブッシュはドラマから生まれたグローバル・ヒットに繋がったことで新しいオーディエンスを獲得していることは断言出来ますが、アーティストとチームが、アーティスト活動の目的をどのように考えているのかによって、プラットフォームの利用目的も変わるはずです。

『ストレンジャー・シングス 未知の世界』公式Instagramアカウントのフォロワー・デモグラフィック・データ
ケイト・ブッシュのInstagramフォロワー・デモグラフィック・データ

ケイト・ブッシュの事例では、Netflixの音楽シンクロナイゼーションは、シングル単位か、カタログ楽曲の再生を問わず、アーティストにプラスの影響を確実に与えています。アーティストの再生数や収入が増えていくことは目に見えています(日本は例外ですが、世界ではNetflixなどで起用された楽曲はシンクロ権からの収入が発生するため、作品が配信され続ける限り持続的な収入が生まれるのも音楽シンクロナイゼーションの魅力の一つです)。

アーティスト活動をどう形成するかは三者三様です。ですが、現代のデジタル化で細分化が進む世界において、アーティストにとって新しい世代が楽曲を見つけ、過去の作品を聴いてくれることほど嬉しい発見は無いはずです。

一方、日本はタイアップが未だに主流で、世界で主流の音楽シンクロナイゼーションのライセンス契約や、音楽スーパーバイザー(映画やドラマの選曲や楽曲ライセンス契約の責任者)や音楽エディターの出番は、業界内でもほぼ皆無なところが、海外のアーティスト戦略と大きく異なります。最近は日本でも、Netflixなどで世界配信する作品に起用され、今回解説したようなクロスプラットフォームで世界規模なヒットを実現し、持続的に成長する邦楽曲が徐々に増えていますが、アニメやドラマ、映画に起用される楽曲の多くはタイアップの粋を超えられていません。音楽シンクロナイゼーションや音楽スーパーバイザーの世界は常に進化して来ました。そしてNetflixやAmazon、Disney+、Apple TV+など映像作品での選曲で世界的なヒットに繋がる楽曲が生まれるように時代が移り変わっています。